黒魔術部の彼等 ディアル編4


翌朝、ディアルのことが気になって早々に目が覚める。
まだ外はほんのりと薄暗いが、落ち着かない。
部屋の外へ出ると、気配を察知したのかすぐにキーンが飛んできた。
「おはようございます。寝間着姿で行くのも何ですから、まずは支度しなければいけませんね」
「あ、ありがとう」
昨日の服をもう洗濯してくれたのか、受け取って部屋で着替える。
出て行く前に鏡を見たら髪が爆発していたので、ささっと身だしなみを整えた。

もう一度部屋から出ると、キーンが出迎える。
「では、行きましょうか」
「早くからごめん、頼む」
キーンの後に続き、赤い扉の部屋へ入る。
「不本意かもしれませんが、私も行きます。ディアルさんが倒れていたら、戻って来られなくなりますから」
倒れている、と聞いて不安感が押し寄せてくる。
キーンが装置を操作すると装置の中心に輪が出現し、すぐに入っていた。


空間の歪みがなくなり、目を開く。
ディアルの家はしんとしていて、急いで奥の部屋へ走る。
扉を開けると、殺風景だったはずの部屋には本棚も、本も溢れていた。
そして、奥ではディアルが椅子に座って本を読んでいる。
読書はいつもの事だけれど、この量は異常だった。

「ディアルさん!」
本を踏まないように、急いで駆け寄る。
「ソウマ、どうかしたのか」
「どうかしたのかって・・・4日間も学校を休んでたから気になったんです!」
よくよく見ると、ただでさえ白い顔は青白く、目の下のクマが目立っている。

「ディアルさん・・・何でこんなに本を読んでるか知らないですけれど、体調悪いんじゃないですか」
「・・・良くはない」
「じゃあ、中断して休んでください!」
ディアルから、無理やり本をひったくる。
何気なく表紙を見ると、そこには二人の男性が見詰め合っているイラストが描かれていて
明らかに通常の恋愛ではないジャンルに、一瞬動きが止まった。


「・・・ディアルさんって、こういうのも、読むんですね」
「いや、初めて読んだ」
「すみませんね、私が恋愛小説でも読んだらどうですかと言ったばかりに」
キーンが合流し、距離を置いて答える。
「恋愛小説を?・・・もしかして、4日間ずっと寝ずに本を読んでいたんですか?」
「ああ」
いくら本好きでもこれは異常だと、ため息をつく。
文句の一つでも言おうとしたとき、ディアルの指先が首筋に触れた。

「・・・この跡はどうした」
「跡?」
ディアルが、首筋に指先で触れる。
そこで、昨晩の出来事を思い出してはっとした。
「転送装置を使いたいがために、身を委ねてくださったのですよ。ふふ、何かと楽しませてもらいました」
言い終えると同時に、ディアルがキーンを睨み、掌をかざす。
次の瞬間には、キーンの体が浮き壁に叩きつけられていた。
鈍い音がし、青ざめる。

「ディアルさん、止めてください!」
必死になってディアルの手を下ろすと、キーンが開放される。
「媚薬か神経毒でも盛られたか。あいつは目的のためなら手段は選ばない」
「い、いえ、触れ合ったことは事実ですけど・・・そんな、薬使って強姦まがいなことされたわけじゃありません。
転送装置を使いたがってたのは僕ですし・・・」
とんでもない誤解を晴らそうと、早口で弁明する。
聞き終わると、ディアルは軽くため息をついた。

「っ・・・貴方が本調子でしたら内臓潰されていましたよ。判断力が鈍っていることは明らかです、休んで下さい」
「そうですよ。本のない所に行きましょう」
二人に言われ、ディアルは椅子から立ち上がる。
ぐらりと体が傾いたので、とっさに肩を貸して支えた。
少しの間、ディアルは床の一点を見つめたまま動かない。

「・・・すまん、立ち眩みだ」
「謝らなくていいです。ゆっくり行きましょう」
まさか、この人に肩を貸せる日が来るなんて。
弱っているディアルを見て、不謹慎と思いつつ嬉しくなっていた。
キーンが転送装置を作動させ、入口を作ると
ディアルに肩を貸したまま、キーンの居城へ戻った。




目の下のクマを見ても、睡眠が今一番必要だということが明らかで
すぐに寝室へ連れて行き、ディアルをベッドに横たわらせた。
「全く、こんなになるまで読み続けるなんて。気に入ったシリーズでもあったんですか」
「・・・人の心情を理解したかった。前に、オレの無神経な言葉でお前を傷つけてしまったから」
自分の名前が出てきて、ぴたりと動きが止まる。

「オレは無神経で、無頓着で、相手を思いやれない。
だから、恋愛小説を読み尽くせばお前の心情がわかるんじゃないかと、そう思った」
「・・・創作の小説と現実は違いますよ」
そんなことで人の心理を図れるなら、心理学者なんていらなくなる。
半ば呆れていたけれど

「これ以上、お前を傷つけたくなかった」
小説からの転用のような言葉でも、どきりと心臓が反応してしまっていた。
周りと隔たりがあったはずのこの人が、自分のことを気遣ってくれている。
そのために徹夜して、心情を理解しようとしてくれた。
呆れていたはずなのに、その事実にときめいてしまっていた。

「・・・と、とにかく今は休んでいてください」
出ていこうとすると、とっさに腕が掴まれる。
「お前と眠っていると、良い夢を見られる。側に居てくれないのか」
率直に求められ、出ていけるはずはなかった。
振り返り、ベッドに腰掛ける。

「僕も・・・朝が早かったんで眠たいです」
ふわりと体が浮き、ディアルの腕の中に納まる。
人の温もりに包まれて安心し、急激に眠気に襲われた。
目を閉じると、ほどなくして二人とも寝息をたてていた。




やがて、温もりに包まれたまま目を覚ます。
未だ抱き留められたままでいて、頭を上げるとすぐ近くにディアルの顔があった。
やはり、間近にいるとよからぬことを考えてしまう。
そう思っていたとき、見計らったかのようにディアルが目を開けた。
目が合い、じっと見詰められる。

「お、おはようございます」
「・・・ああ」
寝起きでぼんやりとしているのか、目は虚ろだ。
起きてしまうと、抱きしめられたままの状態が気恥ずかしい。
でも、振り解くのが惜しくてじっとしていた。

「・・・今回は、世話をかけたな」
「倒れていなくてよかったです」
「・・・何か、報わなければな。どこか、行きたい所はあるか」
転送装置で、どこかへ連れて行ってくれるのだろうか。
まるでデートの誘いのようだと内心喜んだけれど、いざ問われると思いつかない。

「あの・・・行きたい、じゃなくて、したいこと、じゃあ駄目ですか」
「構わない」
あっさりと了承されて、欲が出る。
「・・・ディアルさんに口付けたいです」
「好きにすればいい」
ディアルは動揺する様子もなく、平然と答える。
受け入れているのか、それともどうでもいいものだと思っているのか。
意識させたくて、間近にある唇にそっと自分を重ねていた。

柔らかい感触を感じていると、胸の内から温かくなる。
ちらと目を開くと、ディアルは目を閉じ静止していた。
どうにかして、胸の鼓動を早まらせることができないだろうか。
ざわりと背に違和感を覚えたとき、舌を伸ばして相手の唇に触れていた。

隙間を空けるようになぞり、表面を濡らす。
しばらくは効果がないようだったけれど、やがてディアルがわずかに口を開く。
溢れ出した欲望はもう止められなくて、その中へ自分のものを差し入れていた。
微動だにしていない相手の舌に、やんわりと触れる。
慎重に表面を撫でていると、自分の鼓動がやたらと早まるのがわかった。
また、背中で何かがざわめく。
そのとき、ドアがノックされてびくりと肩を震わせた。


「ソウマさん、ディアルさん、食事の準備が・・・」
扉が開かれようとしたとたん、ディアルが手をかざす。
強い重力に押されたように扉は閉まり、すぐさま鍵がかけられた。
ディアルの行動に、このまま進めていいと了承された気がして
大胆にも舌を絡ませ、口内の全体を弄っていった。
お互いの液が交わる音がして、やましい気持ちが高まる。
心なしか、ディアルの心音も平常より早まっている気がする。
相手が積極的に動くことはなくても、突っぱねられないだけでも嬉しかった。

やがて、名残惜しそうに絡まりを解き、唇を離す。
そのとき、ディアルから熱っぽい吐息が感じられて、どうしようもなく胸が熱くなった。
目を開くと、いつもと変わらぬ表情が見える。
これ以上のことをすれば、この人にも変化が出るのだろうか。
他の人と同じように、息を荒げ、声を上げるのだろうか。
そんな興味が生まれたけれど、今は身を引いた。

「・・・食事、食べに行きましょうか」
「そうだな」
やはり、声は平坦なままで動揺している様子もない。
そんな平然とした様子を見ると、一度生まれた興味が掻き立てられるようだった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
寄り道からの急接近。次でディアル編は完結です。